ひとつの民話を元に信仰を作る
以前、私は祖父から農耕馬に関する民話を聞いた。その話は昔、集落で使われた馬の脚に労働のため、溜まった血を抜く場所が家の近くにあり、昔その場所の地面は赤く染まっていたという話だった。私は口伝えのみで伝えられるその話に儚さを感じ、その話が後世へと残る作品を作ろうと考えた。その話の舞台である場所を一から開拓し、地面を平にした。そこに農耕馬を祀る社を建てた。中には昔使われていた馬の鞍で御神体を作ったものや、開拓中に出てきた竹の根や、大きな石が祀られている。しかしその作品を知人に見せたところ「それは作品ではなく神社ではないのか?」と言われた。
自分だけの場所
知人の指摘から私はもう一度その作品の意味を考えてみることにした。神道の言葉に「八百万の神」という考えがある。あらゆるモノに魂が宿るというその考えは今回の制作に通ずる者がある。土地を開拓し出てきた竹の根や大きな石、馬の御神体、横に生える竹の子、その全ての魂と作品作りを通して関係性の糸が結ばれたような気がした。 そこで、その気持ちを表現するものに以前の作品を作り変えた。入り口をふさぎ、中に自分しか座れない椅子を置きその椅子と作品制作を通して出た全てのモノと関係性を表す糸を結んだ。
今でも、そこに座ると「作品を作る」ということは、「関係性を結ぶ」ことだということを改めて思い出す。
2021/7/30,インスタレーション,(麻紐,緑竹,)